その老騎士は長い間氷河の中で閉じ込められていた
冬眠状態であったものの稀に夢うつつな状態で瞼を開くことがある
老騎士の力さえあれば氷を砕き外へ脱出することも可能だが、己に課せられた使命を全うしなければならない為に氷漬けになったまま動かず魔術結界を張り続ける
老騎士は暗く氷で閉ざされ闇しかない空間を見上げ呟く
「ああ、星なんていつぶりだろう」
ここは氷の中だというのに凍った水泡が光の屈折により満天の星の如く輝いていた
時は遡り大昔
突如デジタルワールドに大量の氷河のデータが出現した
巨大な氷河はデジタルワールドを極寒の環境へと変貌させた
寒さと共に氷山は津波の如く押し寄せ多くのデジモン達を押しつぶし閉じ込めた
氷から逃げ切ったとしても食べ物も愚か草木は全て凍ってしまい生命活動が困難に。気温は更に低下し吐息までも凍ってしまう。
悲惨なことに至る所で生まれようとしていたデジタマがあまりの寒さに凍ったまま絶命してしまう
それを氷河期と記す
この時代のデジモンは絶滅の危機に瀕していた
当時、最強の魔法騎士と謳われていたヘクセブラウモンはデジモン達を寒さから護る為に広範囲の結界を張り温暖な安全地帯を確保することに成功する
長い氷河期をデジモン達が絶滅せず乗り越えられたのもヘクセブラウモンのお陰だ
彼は氷河期が終わるまで結界を張り続けた。
貴重な食事には極力手をつけずにいたがそれを見かねた心優しい幼年期デジモンがヘクセブラウモンに食事を分け与えてくれた。そんな彼らに励まされながらヘクセブラウモンは氷河を食い止め続けていた。
やがて月日は流れ、環境に適応し氷系統に進化できるデジモンが増えるようになり、温暖な安全地帯を離れるデジモンが現れるようになった
ところが氷河期が終わりを迎えようとした時大きな問題を発見する
「溶けた氷河はどうなる?」
突如現れた氷河のデータも通常の氷と同じく溶かせば水になる
おびただしい量の氷山はゆっくりと溶けていく
この氷はイグドラシルの手で設定されていたデジタルワールドの海水量を遥かに上回る水の質量であった
温暖となっていくにつれて溶けた氷で更に海面が上昇、ファイル島を初めとする島々が海に沈むという深刻な問題が辛うじて生き残ったか弱いデジモン達にのしかかる
唯一生き残りである究極体のヘクセブラウモンはある決断をする
「氷河が溶けぬ様私が食い止めていればいい」
尽きぬ魔力を持つヘクセブラウモンはそう言ってたった独りで氷河の液状化を防ぎ続ける
この先一生氷が軋む音と暗い闇の世界でいることとなっても彼は覚悟して氷河の奥底で眠りにつく
そして現在
氷河に飲み込まれ氷漬けになった今も冷凍し続けている
そんな彼に転機が訪れる
「星が…見える?」
稀にヘクセブラウモンの居る位置に日差しが差し込む
氷河エリアは常に猛吹雪と灰色の雲で覆われた極寒の土地な為、太陽が見える確率は数十年に一度か二度程度である
「…暖かいな」
春の陽射しのようだ
安堵したつかの間、ヘクセブラウモンの肉体は活動を停止した
彼は穏やかな目で空を見上げた姿勢で寿命を迎えたのだ
ヘクセブラウモンだったデータは崩れて霧散し、氷の世界で泡となった
彼が張っていた結界は解かれ氷は溶けるだろう
だが心配することはない
結界を張って氷に閉じ込められているヘクセブラウモンはまだたくさんいる
先刻、ヘクセブラウモンが凍った気泡を星に例え感動していたがそれは前に消滅したヘクセブラウモンのデータの名残りである
氷の世界の星は命の数
今日もデジタルワールドは誰かの犠牲で平和を成り立っている
【完】
氷の中にいる老騎士ということでセイバーズのスレイプモンを思い出しましたがヘクセブラウモンでした。夏P(ナッピー)です。
ヘクセブラウモンの分類が魔法騎士であるということを改めて認識したのでした。イグドラシルによって海水データの量が保たれているというのは面白い設定で、毎回ロイヤルナイツ共々余計なことしかしていないあのホストコンピュータもしっかり秩序を守るべく頑張っているんだと思えてニヤリ。
短いお話でしたが、最初にヘクセブラウモンが見た星々の瞬きは前のヘクセブラウモンの命の輝きだったのだと明かされるのが切なくも美しく、そして他にもヘクセブラウモンは沢山いるということで世界の繋がり、いや広さと言うべきか、を感じられるお話でした。最初のヘクセブラウモンに食べ物を持ってきてくれた幼年期のデジモン達が次のヘクセブラウモンになったのかなーなんて考えてしまったり。
それではこの辺りで感想とさせて頂きます。