此処はデジタルワールド、普通の高校一年生だった私、連城 理子ともう一人は選ばれし子供達とやら。
紫に変色した植物が生い茂る大地に建つ、ダークキャッスルなる城の最深部に封じられていたラスボスとの最終決戦……といいながら、劣勢に追い込まれているのだけど。
そのラスボス――両肩に相当する球体からそれぞれ別種のものと思しき巨大な両腕や翼、エネルギー状の頭らしきものを生やした、名前通りの姿であるアルティメットカオスモンは、大戦による混乱もあったとはいえ封印するしかなかったという話通りの最強っぷり。
猛禽と肉食獣を組み合わせ、蛇の尻尾を生やした幻獣――もう一人のパートナーデジモンであるグリフォモンを握りつぶそうと青白い巨人の如き右腕が追いかけ、それを縫い止めるかのようにビームの乱射がその動きを止める。
私のパートナーデジモン――巨大な蔦のような植物で構成された蛇竜、ヒュドラモンがその三つ首から放った攻撃。
しかし、今度は鋭い爪を生やした怪獣の如き左腕がヒュドラモンに振り下ろされ……グリフォモンの体当たりでその軌道は逸れて床を砕く。
そんな中、私の隣に居るもう一人……朝比奈 翼がこう言う。
「こんな時に言うことじゃないけど、後悔したくないから言うね……理子、好きだよ」
本当に、こんな時に言うことじゃない。
パートナーデジモンが倒れたら、後は二人とも死ぬだけなのに。
けど、その言葉を聞いたとき、走馬燈の様にデジタルワールドの思い出が次々と浮かび始めた。
現実世界の記憶は明日から8月だと思って眠った所で終わってて、デジタルワールドにどうやって来たのかは覚えていない。
流行りの異世界なんとかのように気が付いたら召喚されてて、かつてあったという大戦で封印されたという究極の混沌を倒すために選ばれし子供とかお決まりのような話で……いや、昔のヨーロッパみたいな町並みではなく街道一つ無い草原に囲まれた近代的な都市ことデジシティが舞台で、よくある王様ポジションの市長は瞳の付いた蒸気機関車ことロコモンで、イケメンとか美少女が担当してたような案内役は手足の生えた目覚まし時計にハンマーを持ったぬいぐるみの上半身が生えたクロックモン、おまけにパートナーデジモンとやらは小鳥の様な果物のポームモン……やっぱりおかしいね、これ。
「よろしくね、私のパートナーさん。えへへ」
しかも、喋る。
いや、ポームモンは妹が居たらこんな感じなのかなって位に可愛らしいけど……色々と違和感が凄い。
それはさておき、共に旅をするもう一人の選ばれし子供とそのパートナーが待っている場所として案内されたのは何故かチェーン店みたいなハンバーガーショップで、自動ドアが開いた先に居たのは、同じ学校の同学年。
隣のクラスに居る話題の美形……しかも生徒会長とかになりそうな位にクラスカースト上位で成績優秀、平凡で地味な私と違って物語の主人公やれそうなハイスペック。
私はその引き立て役、ざまあされるかませ犬……その時の私はそう思っていた。
「選ばれし子供達よ。我は神が与えし試練也。我を倒し、その力を証明してみせよ」
と言って襲いかかってきたのは翼の生えた白い大蛇――クアトルモン。
選ばれし子供に与えられた最初の試練、デジタルワールドの神が創ったという聖なる腕輪デジヴァイスを取りにデジシティの中心部にある塔を登り、そのただっ広い最上階に辿り着いたと思ったらこの状況。
ポームモンが機関銃のように吐き出す種の弾丸も、朝比奈さんのパートナーデジモンこと、羽の生えたマスコットみたいな小動物パタモンの大きな口から放たれる空気の砲弾も全く介する事無く悠々と飛び回り、私達を弄ぶかのように尻尾を叩き付ける怪物。
部屋の中央にある台座には白い腕輪らしきものが二つ置いてあるけど、私達と台座の間にクアトルモンがいる訳で。
咄嗟に背後を振り向いたら階段に続く扉は何時の間にか閉まっている。
そこで隣を見て、朝比奈さんが居ない事に気付き……前を見ると疾走する朝比奈さんが。
いつ尻尾に叩き潰されるか解らないのに恐怖などないかのように駆け抜け、台座に辿り着いてデジヴァイスを手に取り。
「理子、受け取って!」
その片方を私へと投げ渡した。
どうにかキャッチしたデジヴァイス……しかし腕輪だと聞かされてたそれは液晶型の腕時計にしか見えない代物。
最早なにかの冗談にしか見えない状況、けどこのままでいたらそれこそ引き立て役。
子供の頃にみたアニメのように活躍した朝比奈さんへの対抗心、それと何も出来なかった自分への苛立ち、それらを飲み込むかのようにデジヴァイスを左手首に巻く。
すると、パタモンとポームモンが光に包まれ、その全身を突き破るかのようにワイヤーフレームの骨格が伸び、纏う光が新たな外装へと変わっていき、現れたのは二体のデジモン。
ペガサスの如き翼を生やし、角のついた赤いメットを身に着けた白馬――ユニモン。
首にバナナの様な果物を生やし、甘い香りを漂わせる緑の草食恐竜――パラサウモン。
これが、私達が初めて目にしたデジモンの進化。
人の想いをパートナーデジモンの力に変えるというデジヴァイスの力。
「ツバサが頑張ったから、次は私達の番」
「リコ、見てて。私達がどれだけ強くなったか」
それからの展開は圧倒的だった。
クアトルモンが翼を大きく羽ばたかせて暴風を起こせば、パラサウモンの咆哮がそれを掻き消す。
空を駆けるユニモンが後ろ足でクアトルモンを蹴り落とせば、跳躍したパラサウモンがその顎へ頭突きを叩き込む。
苦し紛れにクアトルモンが放った冷凍光線を躱したユニモンが、クアトルモンに角を突き刺す。
「パルシースイート!」
パラサウモンが吐き出した神経毒のガスがクアトルモンの身動きを封じ。
「ホーリーショット!」
ユニモンが口から放った光弾が炸裂してクアトルモンの頭を吹き飛ばし、その後を追うかのようにクアトルモンの全身が赤い粒子と化して消えた。
この時、私はへたり込んでそれを見ていて……朝比奈さんも同じ様にへたり込んでいたのが忘れられなかった。
デジタルワールドは思ってた以上に不思議な世界で、草原、荒野、森林、海岸、山岳と脈絡なく地形が切り替わる。
それも、全く違う土地をパッチワークみたいに繋ぎ合わせたかのような歪さで。
更に、この世界に召喚された私達は日焼けや肌荒れとも無縁で、髪の毛すら一日あれば召喚された時の状態へと戻るような状態。
肌の手入れどころかお風呂すら何日も入ってないとはとても思えない。
そして、点在する町や村の外には戦闘本能のままに襲い掛かるデジモン達が生息しており、パラサウモンとユニモンが度々そいつらと戦い、倒しながら私達は旅を続けた。
必要な荷物をパラサウモンに載せ、空飛ぶユニモンに朝比奈さんと二人乗りして、そんなある日の事だった。
デジタルワールドに来て初めての雨。
雨宿りの為、偶然にも近くにあった洞窟に慌てて避難して、一息付いた所で入口の向こうから響き渡る咆哮。
「メガシードラモン!?……なんでこんな湖に」
パラサウモンが呆然としながらそう言った。
入口の眼の前に広がる湖には、頭頂部に波打つ刃の如き角を生やした赤い大海蛇……メガシードラモン。
その視線は、洞窟にいる私達に向けられ、今にも襲い掛からんとしていた。
「こうやって、待ち伏せして獲物を狩り続けて、完全体にまで……ツバサとリコは洞窟に隠れてて。あいつは私とパラサウモンで倒す」
しかし、メガシードラモンには全く歯が立たなかった。
パラサウモンの咆哮もユニモンの光弾もメガシードラモンに有効打を与えられず、神経毒のガスですら効果が無い。
その反面、メガシードラモンの角から放たれる電撃は雷の如き強烈さ。
パートナーデジモンに思考や感情を伝えるデジヴァイスの力で、電撃の予兆となる角の輝きを教えてるからどうにか回避が間に合っているといった所。
メガシードラモンが湖上から散発的に電撃を放っているだけだからどうにか戦いになっている有様で、もしメガシードラモンが陸に上がれたら私達の命は無かった。
「大丈夫だよ、理子。私が守るから」
それなのに朝比奈さんは自身たっぷりにそう言って、それと同時にユニモンが光に包まれ、筋肉が膨れ上がるかのようにワイヤーフレームが変形する。
猛禽の頭と翼、肉食獣の四肢と胴体を持つ白き獣――ヒポグリフォモン、それがユニモンの新たな姿。
「ツバサ。これが貴女の望んだ力、貴女の想いよ」
ヒポグリフォモンはユニモン以上の飛行速度で、メガシードラモンを翻弄。
すれ違う度に四肢の爪がメガシードラモンの身体を切り裂き、その咆哮はパラサウモンのそれを上回る威力。
そもそも、メガシードラモンが同格以上の相手と戦うのに湖は狭過ぎた事もあり、戦いは一方的なものへとなっていき……。
「ヒートウェーブ!」
ヒポグリフォモンが吐き出す灼熱の熱風がメガシードラモンを焼き尽くした。
絶体絶命な状況からの勝利、ヒポグリフォモンへの進化を祝福するパラサウモン、その二体へと駆け寄る朝比奈さん、何時の間にか止んでいた雨……それなのに、私は心の何処かに鬱屈したものを抱えていた。
湖畔のあったエリアの次は砂漠地帯。
旅路の中間地点で、ロコモンの旧友だというデジモンが治めるドーム都市が次の目的地。
しかし、ドームに到着したのは良いものの、ロコモンの旧友ことブルーメラモンはドームの外から来た完全体デジモンとの争いに敗れ、命を落としていた。
ブルーメラモンを倒した完全体デジモンは圧政を敷き、逆らうデジモンや外から来たデジモンを次々と倒して己の力を高め続け、ドーム都市のデジモン達ではどうする事もできなくなっているとの事。
実際、レジスタンスには成熟期までのデジモンしか存在せず、私達が戦う事になるのは必然だった。
「デジモンの本分を忘れ、救いを待つだけの生温い奴等とは違う。僕は究極体へと至って究極の混沌を倒し、この世界を救う。選ばれし子供達なんて要るものか!」
大きな翼の他に二本の腕を持ち、頭からも小さな赤い翼を生やした緑の巨大オウム――パロットモン、それが私達に立ち塞がる完全体デジモン。
選ばれし子供達の存在そのものを否定しようとする彼との対話の余地なんて無く、命のやり取りだけが唯一の道。
「空を飛べるのは私だけ。ツバサ、行くよ」
「うん。理子、私達に任せて」
その言葉に何も言えず。
しかし、ドームに覆われた空ではヒポグリフォモンとパロットモンによる激しい空中戦が繰り広げられている。
話に聞く戦闘機のドッグファイトというのはこういうものなのかという位に複雑な軌道を描き、飛び交う二体。
速度で上回るパロットモンが後ろに回り込み、頭部の翼からメガシードラモンのものに匹敵する電撃を放てば、デジヴァイスを介した朝比奈さんからの指示を受けたヒポグリフォモンがそれに先んじて回避し。
電撃を放つ為に減速したパロットモンの隙を突いてヒポグリフォモンが熱風を吐き出せば、それを浴びる前にパロットモンが加速して逃れ。
衝撃波を放ちながらパロットモンが突撃すれば、ヒポグリフォモンの咆哮が衝撃波を相殺する。
そんな中で空を飛べないパラサウモンは何も出来ずにいて、その隣に居る私は無力感を感じながら眺めているだけで。
そんな私を目にしたパロットモンは頭部の翼をスパークさせ、私とパラサウモンへと電撃を放ち……大きな翼が盾となって私達を護った。
片翼を焦がしながら墜落するヒポグリフォモン、その結果を受け入れるように苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる朝比奈さん。
「足手纏いを庇うとは、馬鹿な奴。それに構わず僕を狙えば、届いたかもしれないのに。やっぱりこんな奴等より、僕が正しい」
パロットモンに言われるまでもなく解ってた、朝比奈さんは勝利よりも私を護る事を選んだ。
言われた通り足手纏いなのが解ってるからこそ悔しくて、朝比奈さんの選択を馬鹿にされたのが腹立たしくて。
他にも色んな感情が心を駆け巡るけど、結局の所それらは全部繋がってて……私は、朝比奈さんの隣に立ちたかったんだ
「リコの願い、受け取ったよ。だから、今度は私の番」
言い終わると同時にパラサウモンが光の中で姿を変える。
熱帯の様々な植物で構成された、目にも鮮やかな二足歩行の竜人――トロピアモン。
長細い葉のような翼で空を飛び、パロットモンと相対する。
だが、その飛行速度はヒポグリフォモンよりも遅いと見抜いたパロットモンが電撃を放ち……危なげなくトロピアモンがそれを躱す。
朝比奈さんとヒポグリフォモンのおかげで動きの癖は掴めたし、何より旋回性能はトロピアモンが上だ。
回避に徹するトロピアモンに対してパロットモンは衝撃波を放ちながら突撃し……爆発に巻き込まれる。
トロピアモンの首に生えた花弁から飛ばされた起爆性の花粉だ。
機雷に突っ込んだ形となったパロットモンは、衝撃波が盾代わりになって目立った外傷は無いとはいえ体勢を崩して失速。
「トロピカルヴェノム!」
トロピアモンが吐き出す猛毒の息がパロットモンを飲み込み、赤い粒子へと変えて消していく。
私とトロピアモンの勝利、起き上がったヒポグリフォモンの元に手を振りながら下りていくトロピアモン、自分の事のように喜んで私に微笑む朝比奈さん、遅れて歓声を上げるドームに住むデジモン達……胸の鼓動が収まらないのはきっと興奮してるから。
ヒポグリフォモンの治療の為、ドーム都市に滞在すること四日。
その間、私と朝比奈さんはドーム都市を観光したり、デジモン達の困りごとを解決したりしてて……なんか、二人で居る事を疑問に思わなくなってた。
一方、トロピアモンはドーム都市のデジモン達を鍛えていて、旅立ちの日にはレジスタンスのリーダーがメタルグレイモンというオレンジ色のサイボーグ恐竜とでも言うべき完全体デジモンに進化してて、朝比奈さん共々驚かされた。
そして、ドーム都市を出た後も旅を続け、辿り着いたのはジャングルにあるコロシアム。
ダークキャッスルを見張る前線基地にして、大戦の生き残りだという二体のデジモンによる訓練施設。
そんな場所で、究極の混沌を倒す力を得るために特訓として大戦の生き残り達と模擬戦する事になり……これがまた強かった。
「もっと互いを護り合え。仲間と共に戦うという事を理解しろ」
猛禽とネコ科の獣の要素を併せ持ち、メカニカルなバイザーで顔を隠した白き獣人――シルフィーモン。
トロピアモンとヒポグリフォモンを分断するかの様に飛び回り、僅かでも隙を見せれば強烈な打撃を叩き込み、そのまま飛び去って反撃を許さないスピードの持ち主。
滑空時に起こる衝撃波は、傷を負うことなくトロピアモンの花粉を起爆させる様に放たれており、飛行ルートを制限するのも難しい。
「筋は悪くないけど、私達如きに苦戦する位ならこの先には行かせてあげられないわね」
昆虫の様な緑の外殻を纏い、腰から一対の砲門を生やした青き竜人――パイルドラモン。
両腕の甲から伸びたスパイクを用いたラッシュは格闘戦に秀でた筈のトロピアモンですら受け切れず、ヒポグリフォモンに至っては迂闊に近付くことすら出来ない始末。
また、そのスパイクはワイヤーアンカーの様に射出する事も出来、スパイクに接続されたワイヤーを躱す為に此方の連携は何度も崩されてる。
「こんなのが、大戦の頃には沢山いたって……どうなってんの」
思わず言葉に出る。
シルフィーモンとパイルドラモンの話通りなら、彼等は大戦で数多くの災厄と戦ったデジモンの中では凡庸な存在に過ぎず、偶々生き残っただけなのだとか。
世界滅亡の危機の前に七大魔王の半数が味方となったとか、肩書を聞いただけでも凄そうだと解る様な世界の守護者達が総動員されたとか、そういった様々な伝説のデジモン達が命と引き換えにして世界を護り、残存した神の片割れが世界を維持する為に情報樹という存在へと姿を変えたとか、そんな荒唐無稽な話をあちこちで聞いたけど、一般兵ですらあの強さだったのならあり得る話だ。
そんな強大な相手との戦いを前にして、ふと隣に居る朝比奈さんへと視線を移し……目が合った。
クリアになる思考……こんな状況なのに、安心してしまう。
顔が熱く、胸の鼓動は早く、心が高揚し……うん、私は一人じゃない。
「理子、私達なら勝てる」
「柄じゃないけど……これまでも、こうして此処まで来たし、ね」
二つ同時に巻き起こる進化の光。
大戦において多くのデジモン達が至ったという極みの領域、生ける伝説そのもの――究極体。
トロピアモンはヒュドラモンへと姿を変え、根を突き刺すだけで大地を揺らし、ヒポグリフォモンはグリフォモンへと姿を変え、羽ばたくだけで風を巻き起こす。
「至ったか、嘗ての英雄達と同じ……究極体に」
「それなら、これ位は対処出来るわよね」
パイルドラモンの腰から伸びる一対の砲門から放たれるビーム……だが、ヒュドラモンは蔦を振り回してそれを弾く。
シルフィーモンが突き出した両手から放たれる高密度のエネルギー弾……グリフォモンの尻尾にある蛇の頭がそれを噛み砕く。
それが決着……心を通わせて、同時に進化して、そんなテンションだから思わず抱きしめ合って……柄じゃない事のオンパレードなのに、それが嫌じゃない自分が居た。
そして、共にダークキャッスルに入り、一緒に付いてきたシルフィーモンとパイルドラモンが城に居た悪しきデジモン達と戦い、二体の必殺技が切り開いた道を駆け抜け……そして、今に至る。
戦闘中に朝比奈さんから愛の告白をされて……うん、これが友達としてとか、そういうのじゃない事位解る……その上で、言いたい事も色々あるけど、一つ。
「その……私達、女の子」
そう、朝比奈さんは女の子。
羨ましい程のモデル体型で、長くて艶やかな黒髪の美人さん。
高値の花扱いされる様な美少女で、私と釣り合うとは思えなくて……いや、今戦闘中。
「このまま、抱えたまま死にたく無くて……一目惚れだもの」
ああもう、考えない様にしてたのに。
そんな都合の良いこと無いと思ってたし……けど、何時からか、惹かれてて。
嬉しいことばかり言って……もう、認めるしかないじゃない。
「私だって、この世界に来て、好きになって……」
ああ、でも終わりだ。
アルティメットカオスモンの両肩に相当する球体に収束するエネルギー。
あれが放たれれば、私達はきっと跡形も残らない……想いを伝えても、何にもならない。
「やっとリコが素直になったんだから。バイオトキシン!」
「ツバサの邪魔は、させない。スーパーソニックボイス!」
ヒュドラモンの腹部に開いた口から放たれる猛毒のブレスが、超高周波と化したグリフォモンの咆哮が、アルティメットカオスモンより解き放たれたエネルギー波と拮抗。
力のぶつかり合いが収まっても私も朝比奈さんも健在で、ヒュドラモンとグリフォモンは……一つの大きな進化の光に包まれていた。
光の中で解けたワイヤーフレームが一つの形へと組み合い、獣の姿を象っていく。
致命傷を負った二体のデジモンが融合する事で命を繋いだというシルフィーモンのように、死んだ相棒のデータを取り込む形で進化したというパイルドラモンのように、二体のデジモンによる融合――ジョグレス。
「「ツバサ、リコ。互いを想い合うその心が、私達に奇跡をくれた。だから……」」
大樹の枝の如く無数の葉を生やした尻尾を持ち、腹部にはパイプオルガンのような管、そして巨大なホルンが角となった、白毛の鹿――ケルヌモン。
その身が奏でる荘厳な音楽は私達の恐怖を静め、逆にアルティメットカオスモンは畏れるかの様にその動きを止める。
「「私達が勝つ。スキャッターゴームグラス!」」
ケルヌモンの尻尾が振るわれる。
舞い散る無数の木の葉、その全てが刃となりアルティメットカオスモンに殺到。
その翼を、腕を、身体を、そして両肩の球体を、その全てを切り刻む。
細切れとなった残骸が赤い粒子となって消え、それを見届けたケルヌモンもヒュドラモンとグリフォモンへと戻っていき……こうして私達の戦いは終わった。
気が付いたら、病院のベットに寝ていた。
決戦の後、デジシティに戻って、そこでヒュドラモンとグリフォモンにお別れして、デジタルゲートというものを朝比奈さんと潜って……と思ったらこの事態。
というのも現実世界では丸一日もの間原因不明の昏睡状態……それでいて、身体は全く衰弱していないという状態だったとか。
家族には思いっきり泣かれたし、それでどうにか落ち着いて話して……同じ学校の子が全く同じ状態だと聞いて、居ても立っても居られず病室を飛び出した。
「理子!」
廊下に出て少しして、抱き締められる感触……向こうで一緒だった声の主に対してこっちも同じ様に抱き締める。
病院の廊下でこんな事しちゃってるとか、こっちでは接点なかったのに女の子同士でこれからどうするのかとか、色々駆け巡るけど、デジタルワールドでの冒険が夢じゃなかった事だけは解る。
すっかり前向きに考える癖が付いた私は、まずこう言った。
「好きだよ、朝比奈さん」
後書き
オリジナルデジモンストーリー掲示板NEXTの末期より、読者をやっていた者です。
この度、デジモン創作サロンが新規投稿停止になると知り、今まで楽しませ頂いた事もあり一作位は何か投稿しようと思い立ち、纏まらなかった人間界を舞台とする長編のプロットからエッセンスだけを抽出して、デジタルワールドを舞台とした短編にしました。
ここから先どう活動するかは全く考えていませんが、もし、何処かで会うことが有ればよろしくお願いします。
以下、各キャラについて
・連城 理子
今作の主人公。
長編プロットでの元ネタは主人公では無いものの、相方共々このサイトや掲示板NEXTの作品から発想を得た組み合わせなので主人公に抜擢。
少しずつ朝比奈さんに惹かれていき、性格も前向きになった。
最も、今作のデジタルワールドの一日=現実世界の1時間であり、実はハイペースな変化だったりする。
・朝比奈 翼
今作のヒロイン。
名前を決めた時点であのシーンまで性別を伏せることが決まり、外見描写が出来ずに苦労する羽目に。
完全体への進化が早かったのは、一目惚れした理子を護るという覚悟を決めていたから。
・ポームモン
味方に植物系が増え過ぎた為、長編プロットで没になったジョグレスの片割れ。
進化していくにつれ怪物染みた姿になっていくものの、性格は変わらず明るい良い子。
・パタモン
同じく、没になったジョグレスの片割れ。
パタモンの時にはセリフは無いけど、パタモンの頃から既にクールな子。
・クアトルモン
神(描かれてないけどホメオスタシス)が用意したチュートリアルボス。
光弾が直撃して消滅するだけでは説得力が足りないと考えた結果、死に様が惨たらしい事に。
・メガシードラモン
当初の予定では地の文だけで片付けられるエピソードだったが、書いていく内に重要度が上がったので昇格。
ヒポグリフォモンに一方的に倒されたのは、知性が低い個体だった上に湖が狭過ぎたから。
・パロットモン
単なる圧政者の筈が、気が付いたら背景が増えていってた中ボス。
恐らくデジモン図鑑における怒った状態がデフォルト状態で、戦う以外に道はない。
・シルフィーモンとパイルドラモン
彼らも長編プロットの没デジモン。
アルティメットカオスモン戦に参加して戦死、主役デジモン二体を究極進化させる為にデジコアを捧げて消滅といった案もあったものの、最終的に生存。
ちなみに、大戦自体は長編プロットからの流用だが、デジタルワールドは短編を書く際に大幅にダウンサイジングし、今のパッチワークな世界となりました。
・アルティメットカオスモン
ラスボス……実はこいつも長編プロットの没デジモン。
偶発的に生まれた意志無き暴虐な力の化身で、こいつ以外にも色々な厄ネタデジモンやデジモン以外の存在が暴れ回ったのが大戦。
NEXTの頃から読者をされていたということで初めまして、夏P(ナッピー)と申します。
サロンが残念ながら投稿停止ということとなり無念に思っておりましたが、それが契機となりこのような作品を出して頂けたのであれば嬉しいものです。
長編プロットから名場面や重要箇所を抽出した、所謂4クールアニメを総集編映画に纏めたような趣き(そういえばデジモンアニメって総集編映画やらんな……)。それぞれのパートナーが成熟期、完全体、究極体、そして超究極体へと変わっていく様を見せて頂きました。パタモンがユニモンになった時点で「な、何ィ……!?」と戦慄しましたが、最終的にああなる為の流れだったとは。
冒頭のシーンで描写されたヒュドラモンの時点で二体合体なんだと思ってしまったのは内緒。
各エリアでのボス級デジモンはアニメを参考にされているのでしょうか。パロットモン個人的に最推し完全体なので嬉しい。シルフィーモンとパイルドラモン、最初大戦で生き残った二体の強者という文字列から「エンシェントグレイモンとガルルモンか!?」を予想して外れるものの、ひょっとしてデュナスモン(シルフィーモン)とアルフォースorマグナモン(パイルドラモン)だったのかななんて思ったり。最後死ぬ予定だったとのことで、短編ナイズされたことで生き残ったブレイブ・ストーリーのカッツ状態。
上記二人以外にもアルティメットカオスモンの頂でも触れられていますが、大戦の設定はなかなか深そうで実に面白そうですね! これはいつか読んでみたいと思いました。
最初、憧れでイケメンで~とされながら朝比奈“さん”呼びだったので「うん? 男の子……?」と思って冒頭のシーン読み返すも明言が無く「どっちだ……どっちなんだ……?」と警戒し過ぎて人間不信に陥りましたが、最終的にやっぱりそうだった! エンダアアアアアイヤアアアアアア。そっちが一目惚れ!?
リコさんがポームモンと共に自称引き立て役から立派な主人公になっていく様だけで一つの物語だったというのに、更にこんな不意打ちまで浴びせられるとは。パラサウモンとトロピアモンめっちゃ好きでカッコいい進化シーンと戦闘シーン貰えたのが吹き飛んでしまいましたぜ。
ヒュドラモンとグリフォモン、そしてケルヌモン。つまりどちらもウインドガーディアンズ。
人間界の時間としては24時間あるかないかだったようですが、デジタルワールドを駆け抜けた彼女らはきっと風のようだったのだな……。
というか元々リコさん主人公じゃなかったの!? それが一番驚きだったかもしれません。
それではこれにて感想とさせて頂きます。
是非いつか長編で読めることを心待ちにしております。