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【アカシック・レコード】
空を見上げて荒野を往け
【バンチョー編】
振り上げた右腕の一撃には確かな手応え。
「ば、馬鹿なァーッ!」
凄まじい絶叫と共に天を覆う巨体から噴き出したデジタルデータは暗雲の立ち込める中、虹のように世界を照らした。
世界を我が手に収めんとした魔王デスモンは倒れ、世界に平和が戻る。魔王が長らく暗躍したことにより荒廃した大地も煤けた空も住む者のいなくなった都市部も、やがて元に戻るだろう。
それを成し得たのは一介のデジタルモンスターだった。
ロイヤルナイツではない。
三大天使でもない。
オリンポス十二神でもない。
斯様な高位の者として語り継がれる者ではなく、純粋に自らを鍛え上げた末に到達した姿と手に入れた力だけで、彼は魔王を倒したのだ。
バンチョースティングモン。それが彼の名前。
彼は何にも属さない、彼は何にも従わない。
そして。
そんな彼には当然、隣に人間などいない。
選ばれし子供と呼ばれるパートナーなどいない、ただ孤高のデジモンであった。
誰が世界を守ってくれるというのだ。
それがテントモンだった頃から彼が抱き続けた疑問だった。
この世界は何度だって危機に瀕してきた。
暗黒空間より数多くの魔の者が這い出したことがあった。
邪悪な塔が突如として各地に建ち、皆の進化の力が封じられたこともあった。
デジモンならざる抹消者により世界が滅亡寸前にまで追い込まれたこともあった。
複数の勢力によるいざこざが世界全土を巻き込んだことがあった。
世界を我がものにせんと企む人間の暗躍で未曽有の危機を迎えたこともあった。
だがその度に誰かが立ち上がり、やがて世界は平穏を取り戻す。その誰かとは果たしてその時点では名も知られていない誰かでしかなく、この世界を幾度と無く襲ってきた暗雲は全てそういった下々の中から現れた強者によって払われてきた。それだけが摂理だった。
ロイヤルナイツも。
十闘士も。
三大天使も。
四聖獣も。
彼らが苦難から世界を守ったという記録は確かに存在する。だが実際に危機が訪れた際に彼らは我々に何をしてくれた。苦難困難災難を前にした我々に、新たな道や可能性を諭し導いてくれるというのならまだ許せよう。
だが実際には違う。彼らは世界を守る為に存在しているのであって、世界に生きる我らを救う為の存在では断じてなかった。
ロイヤルナイツは世界の為に我らを切り捨てようとさえした。
十闘士の遺した魂を巡って三大天使の間で内紛が起きた。
四聖獣に至っては姿を見たことがある者すら殆ど確認できていない。
だから結論。
この世界に英雄などいない、英雄など要らない。
世界はそこに生きる我々が自らの手で守っていくべきものなのだ。
組織が何だ。
英雄が何だ。
我々は我々の手で未来を作っていく。世界征服を目論む魔王も世界の抹消の為に作られたプログラムも邪悪な心でこの世界を訪れた人間も、全ての苦難は他でもない今ここにいる我々自身の手で払ってみせる。
故に彼らも同じだ。
人間、選ばれし子供。
世界が滅亡の危機に瀕した時、この世界を訪れてパートナーデジモンなる者と共に颯爽と駆け抜ける救い手。異世界よりの救世主。
そんなものに頼らずとも、我々は自らの手で世界を守っていけるはずなのだ。
「異議あり!」
高らかな声が講堂に響き渡る。
「貴君の意見は短絡的に過ぎる。貴君は全ての高位者を不要と断ずるが、そもそも彼らの成り立ちや存在意義まで我らが知り得ているわけではあるまい。ただ現れた悪の根を断つことだけが彼らの役割だとどうして言えよう。況してや選ばれし子供すら否定するなど、貴君は世界の理そのものに異を呈する所存か」
「貴様の言いそうなことだ。興味深い意見の一つとして受け取っておく……が」
ツカツカと。
乾いた音を立ててバンチョースティングモンは発言者の前まで歩み寄る。
ピエモン。この学会における随一と言っていい知恵者であり、同時に屈指の頑固者でもある。昔は数多く存在した究極体も今では数を減らしているが、そんな時代にあって同じ究極体というだけあり、彼は一度実際に魔王を倒しているバンチョースティングモンに対しても一歩も引くことは無い。
「かく言う貴様こそ目を曇らせている。貴様の願望と羨望、それこそが世界の真理から目を逸らしていることの何よりの証左。その点においては、むしろ我の方が正しくロイヤルナイツを理解していると言えるぞ、ピエモン」
「何を言う……」
「もしも我が拳で打倒したデスモンが魔王の中では取るに足らぬ小物であったとしてもだ、そこに魔王の暴虐を受けて苦しんでいる下々の者がいる以上、我らは見て見ぬフリができるか? 貴様とてそれはできぬであろう? 正義感、義憤、使命感、些細な違いこそあれ、我らはそのような感情に突き動かされて立ち上がるはずだ」
そして戦った。
戦って戦って戦い抜いた果てに、自分は魔王の一人を討ち取るという結果を得た。
「だから彼奴らは恐らくシステムなのだろうよ、ピエモン、ロイヤルナイツもオリンポス十二神も三大天使も、彼奴らはそう在れとされたからそう在るだけの存在だ。そこに彼奴ら自身の意思など介在せぬし、世界さえ残れば我々の命など屁とも思わぬ」
記録に残っているではないか。
未曽有の大災害(クロニクル)に際して、ロイヤルナイツは世界の口減らしを行ったという記録が。
「ハイそこまで」
裁断の声。
議長であり代表者でもあるクラヴィスエンジェモンが手を挙げていた。
「面白いやり取りだったけど、そろそろお開きの時間だよ。バンチョースティングモン君はすぐ相手を挑発する癖やめなね、話が長くなる」
「……挑発などしていない、真実を言ったまでだ」
「そういうことにしとこっか。まあ君には実績があるからね、君と弁論できるのはピエモン君ぐらいだよ。僕の上司達までボロクソに言うのはどうかと思うけどね?」
また僕が怒られるじゃないか。虚空を見上げながらそんなことを言う力天使。
とはいえ、実績と格を考えればバンチョースティングモンの物言いも十分に許されるものだろう。クラヴィスエンジェモンも究極体だが、事なかれ主義の彼は元々三大天使の副官であるべき存在だったにも関わらず実際には殆ど戦ったことが無いらしく、今ではこうして学会の代表者などという閑職に喜んで収まっている。
しかし飄々とした態度は逆に底を知らせず、実はかなりの強者なのではないかとバンチョースティングモンは予測していた。
「……お前は何故そうまでして英雄を憎むのだ?」
ワラワラと退室していく参加者。
その中の一人であるワイズモン、確か先のピエモンの盟友でもあった完全体が、帰り際にバンチョースティングモンに話しかけてきた。
「別に憎んでなどいない。ただ昔から疑問に思っていただけだ」
「……お前の今の姿と何か関係があるのか?」
「さてな。バンチョーとは群れないものだと聞くが、それは人間の常識だ。俺には関係ないこと」
「なるほど、お前の言う英雄という枠組みには人間も入っているということか」
老獪が得心したように呟いた言葉にハッとする。
考えたことも無かったが、確かにそういうことになるのかもしれなかった。
人間、ホモ・サピエンス。
脆弱この上なく、取り立てて我らに勝っているとも思えない知的生命体。だがそんな生き物がデジタルワールドとは別次元にある世界、所謂リアルワールドでは支配者として君臨しているという。リアルワールドにおいて人類以外の知的生命体は存在しないと言って良く、彼らはデジタルワールドにおける我々かそれ以上の勢力を以て世を謳歌している。
だがその表現にも不満を抱く者は多い。
何がリアルワールド。
何がデジタルワールド。
では何か、デジタルと呼ばれる我らの世界はリアルとされる人間どもの世界と比して“本物”ではないというのか。世界やそこに生きる者の“格”が我らとその世界は劣っているとでもいうのか。
選ばれし子供、そのようなシステムは確かに存在する。
世界の大いなる意思によって選定された人間の子供がこの世界に召喚され、同様に見出されたパートナーと呼ばれるデジモンと共に世界を乱す邪悪に挑む、そんな伝承は世界各地に遺されており、枚挙に暇が無い。
ロイヤルナイツの双翼と名高いオメガモンとデュークモン、彼らも元々は人間のパートナーとして誕生したという逸話もあった。
その事実を改めて噛み締めることは悔しかった。世界の頂点すら人間との関わりがあればこその存在だったとしたら、我らの世界は元より人間無しでは成立し得ない世界だというのか。
空想(デジタル)は、実像(リアル)が無ければ成り立たないのか。
誰かに、見られている気がした。
世界の運営や構造に、何者かの意思を長らく感じ続けてきた。
それはロイヤルナイツを統率するとされたイグドラシルなのか、はたまた選ばれし子供を召喚すると言われるホメオスタシスなのか、どこまで行っても一介のデジモンでしかないバンチョースティングモンにはわからなかった。
正義感、義憤、使命感。
それら心の中で昂るものに突き動かされ、バンチョースティングモンは魔王デスモンに戦いを挑んだ。全ては間違いなく己の意思であると言えたのは、テントモンであった時分より彼には自分が強いから戦ったのではなく、戦う為にこそ強くなったのだという自負があったからだ。自分が戦わなければ世界は守れないという確信すら持っていた。
それは本来、デジタルモンスターであれば誰もが持ち得る感情のはずだった。
強くなる、それこそがデジモンの絶対的使命であり、互いに鎬を削ればこその戦闘種族であろう。デジタルモンスター同士が出会えば、そこには殺し合いしか起こり得ないはずなのだ。世界とは原始的な理のみに支配される食うか食われるかの単純な二進法であり、他のデジモンなど自らに食害(ロード)され新たな血肉や力となる極上の餌でしかなく、己もいつ喰われるかわからぬ中で強さを求め続ける。
それがこの世界だ。
それがデジタルモンスターの生であるはずだ。
それなのに世界は変わった。
世界を悪しき意思で乱そうとする者が現れた。
程なくして平和を求める声が響いた。
そんな皆の声に応えるように、数多の英雄が現れた。
気付けば世界はその繰り返しだ。世界中に記されたあらゆる英雄譚は、言ってしまえば全てこの三拍子に帰結する。数多のバリエーションに富んだ芸術品のように美しく見えるはずの英雄達の物語は、その実どれも形式化されて大量生産された工業品に過ぎなかった。
戦乱も。
平和も。
英雄も。
デジタルワールドには本来存在しないものだったのに。
勇気も友情も愛情も知識も。
純真も誠実も希望も光も。
この世界には無かったはずなのに。
奇跡もない。
進化とは結果であり、決して窮地に都合の良い進化などは起きなかったから。
優しさもない。
孤高に戦う自分には恐らく誰の手も差し伸べられなかったから。
運命もない。
己自身の手で掴んだ道を、運命などという言葉で表する気はないから。
それら人間が縋るような概念は、断じてこの世界には必要無いのだ──
あるデジモンに出会った。
「トゥインペタル!」
繰り出された蹴りは風を切り、バンチョースティングモンの纏う外套を薙ぐ。
「ぬっ……!?」
力は恐らく五分と五分。
「やるじゃないのさ、いくら同じバンチョーだとしてもさ!」
「勝手に纏めるな……!」
躱す。蹴る。躱される。躱す。突く。これも躱される。その応酬が延々続く。
バンチョーリリモン、荒野で遭遇した黒き妖精との死闘は数時間にも及んだ。不規則な軌道を描くヨーヨーと鋭い蹴りはそれ自体のダメージは小さくとも、接近戦において無類の強さを誇るはずのバンチョースティングモンの腕に備わったドリルを凌ぐリーチを誇り、バンチョースティングモン側も決定打を放つことができない。
魔王を倒した自分と対等に渡り合うデジモンが在野に存在するとは、決して口には出さないが内心舌を巻く。
口に出さないのは奴が同じバンチョーを名乗っていたからだ。
「何が悪い? 同じバンチョー、仲良くしようじゃないの!」
「勝手に纏めるなと言った!」
バンチョー、その称号を名乗ることを許されるデジモンは僅か数体。
だがバンチョースティングモン自体、進化は結果でしかないと考えている。バンチョーになる為に強くなったわけではない、強くなった結果としてバンチョーの姿を得たとして、ならば目の前に同じバンチョーが現れたからと言って、おいそれと仲間ヅラをされる理由も謂われもない。
自分の強さとは自分が掴んだ自分だけの力なのだ。
それを種族由来の強さだとされても、納得できるはずがない。
後世、魔王を倒した自分はバンチョーだから倒せたのだと記されてはたまらない。
あるデジモンに出会った。
「拳を交えたからにはワシらはダチってわけだな!」
ムゲンマウンテン、遠い過去ではそう呼ばれていた霊山の奥地で孤高のデジモンは笑う。
バンチョーゴーレモン、己の意思を持たないはずのゴーレモンがいつしかそれを取り戻した結果として進化を果たした黒衣の戦士は、偶然そこを訪れたバンチョースティングモンと幾度か拳を交えた後、実に迷惑なことに彼を友と認めた。
「困った時には力になるぞ、ガハハ!」
「……ならば魔王が世を席巻している時期に来て欲しかったがな」
「なに、そんな情報は聞いておらんぞ?」
彼は不思議そうに首を傾げた。
「この山では下界の情報は伝わってこんのでな、ガハハ!」
「ならばどうやって困ったことを伝えればいい?」
「………………」
自分はバンチョースティングモンだが、それ以上に自分は自分だと固く思った。
少なくとも斯様な馬鹿者と、同じバンチョーだからと同一カテゴライズで語られるのは嫌だった。
あるデジモンに出会った。
「……飲むかい?」
「飲まん」
暑苦しいGAKU-RANを纏うそのデジモンは、大勢のマメモンを引き連れて都心部の外れを徘徊していた。
差し出された杯は丁重にお断りした。見れば配下の者どもは全員が全員、昼間から大量の酒を浴びて酩酊しているようだった。
「勘違いすんな。コイツらは配下じゃねえ、俺の愛する舎弟よ」
「……バンチョーとは孤高の存在だと思っていたが」
「そりゃ心意気の話よ。そもそも俺はバンチョーになりたくてなったわけじゃねえのよ」
ほうと思った。初めて自分に近しいものを持つ者に出会えた気がした。
「お前は他のバンチョー達とは違うようだ」
「ンなことはないと思うぜ。方向性が違うだけで俺も連中もバンチョーなことに変わりはねえ。お前も含めてだ」
「……何?」
バンチョーマメモンは言う。お前は多分、俺達の中で誰よりもバンチョーらしいと。
曰く。
バンチョーとは生き様であり、その外見や能力ではないのだと。
「お前が魔王を倒したって話は聞いてる。大したもんだ、苦しむ奴らを見過ごせないと立ち上がったんだろう? 見た目や強さじゃねえんだ、お前のその生き様こそがバンチョーなんだよ」
それはきっと、バンチョースティングモンがずっと考えてきた言葉。
気付けば飲み込まれ、自分自身をもバンチョーの一人として規定してしまっていたが故に忘れていた考え。
進化とは結果であり我らがどう生きてきたかを示す縮図なのだ。決して予定調和でも運命でもない。そこに何者かの意思が介在しない限り、最後に到達する姿が完全体であれ究極体であれ、その姿にはそのデジモンの生きてきた道こそが示される。皆の生きてきた過程こそが彼らを形作るものであり、生の意味とはきっとそこにある。
しかし悲しいかな、我らとて視覚を持つ生き物であるが故、その姿形こそに意味を求めてしまうのだ。
「後の世の歴史家に笑われる? 聖騎士や竜人が跋扈する世界の中で、バンチョーが英雄なのは場違いだ? 笑われていこうじゃねえか、ただ自分の意思と信念のみで戦い抜いた喧嘩番長に救われた世界だってどこかにはあらぁ」
それはきっと。
とてつもなく痛快愉快な物語なことだろう。
後年、数体のバンチョーの名を冠したデジモンが世界に勇名を轟かせることになる。
彼らは決して絆や使命で結ばれた組織ではなく、ただ各々が気ままに世界を巡る詳細不明のデジモン達でしかない。それでも彼らが多くの者に知られることとなったのは有無を言わせぬ圧倒的な強さであり、そして何よりもその気質であった。
仁義に反する行為であれば絶対者たる魔王にも立ち向かう。
卑劣なことは断じて許さない。
弱き者、信頼する者を躊躇わず守る。
ただ心のままに己を高め続ける。
方向性は違えど自らの信念に従って生き続ける様を、皆は尊敬と憧憬を以て呼ぶのだ。
己の正義のみに仕える者、BAN-TYOと。
「……という話でどうだろうか」
そこまでを書き留めたピエモンは、顔を上げて自らの書斎への訪問者へ視線を投げた。
「……悪くない。貴様どちらかと言えば研究者というより小説家の才能があるな」
「貴君がロマンをわかっておらんのだよ」
生き様はロマンそのものだというのに、そう言うピエモンの言葉は皮肉であり、同時に羨望でもあった。
バンチョースティングモン、曲がりなりにも魔王を撃破して一時と言えども世界に平和を齎した目の前の猛者は、そこに特別な出自を持たずただ心力を賭して戦い抜いた。それを彼自身は認めぬだろうとも皆の憧れるべき英雄と言っても差し支えはない。
誰も見たことのないロイヤルナイツやオリンポス十二神とは異なり、手の届く範囲での奇跡が確かにそこにはある。
僕にもなれる。私にも届く。
その感情はきっと、この停滞した世界を活性化させる旨い毒だ。
「……実際、ロイヤルナイツも同じだったのかもしれぬな」
「ふむ。それに関しては同意見だ」
珍しいこともあるものだ。長らく学会で意見を対立させてきた自分達の考えが一致するなど。
「雨どころかトランプソードが降るやもしれんな」
「違いない」
バンチョースティングモン、ピエモン、今の世界で数少ない究極体同士がクククと笑い合う。
そう、始まりは同じだったのだろう。ロイヤルナイツもオリンポス十二神も四聖獣も、元々は何ら特別でもない一介のデジモンでしかなかった。伝説的な活躍をしたことが事実でも、そこに当初いたのは自分達と同じように、ただ弱き者を守らんと、また世界を救わんと立ち上がる強い心を持っているだけの、どこにでもいるデジモン達でしかなかったはずだ。
そんな彼らの活躍が語られ、また語り継がれる内に膨らんだ憧憬こそが英雄を生み出す。
ロイヤルナイツ、三大天使、四大竜。
数多の伝説の英雄達は肥大化した憧れが生み出した幻想であり、彼らは恐らくどこまで行ってもデジモンであることに変わりは無いのだろう。
「……なればこそ貴君はバンチョーという名で歴史にその軌跡を刻むというわけか」
「そうなるな。果たして我ら以降にバンチョーを継ぐ者が現れるかはわからんが」
オメガモン。
デュークモン。
数多語られる英雄も元は純粋な一個体として世界の平和の為に戦った。しかし彼らの活躍は語られていく内にその存在を変質させ、やがて彼らの本質は異なる概念で世界に定着する。それがロイヤルナイツ、かつて各々が各々の形で世界を救った聖騎士達が語られる伝説に則る形で属するネットワークの守護者。
だが彼ら聖騎士達の本質を決して見誤ってはいけない。
彼らはロイヤルナイツだから英雄なのではない。
そして英雄だからロイヤルナイツに所属しているわけでもない。
ロイヤルナイツもオリンポスも三大天使も関係ない。
彼らは平和の為に戦ったからこそ英雄なのだ。
そしてその意思が今も失われていないなら、変わらず英雄で在り続けているのだ。
「高位なる組織が増えた、確か以前そう提唱した記憶があるが」
「言った言った。クラヴィスエンジェモンが『私へのダメ出しかな!?』と戦慄していたな」
「あの言葉を誤りだと考えたことはない。世界はもっと単純でいいのだと変わらず我は思うからだ。我らは元より戦闘種族、ただ平和を謳歌して生きるより互いを糧として食い合う方が自然なのだ。数多の英雄を生んだ平和を願う心こそが、そもそも原初の我らには持ち得ないものだったはずだ」
そう。観測されたばかりのこの世界──誰に?──はただデジタルモンスターが相争い高みを目指す為だけに生きる、至極単純な世界だったはずだから。
バンチョースティングモン自身、元々はそれに近しい気質を持って生まれた。無為に他者の命を欲するわけではないが、己の生は己を高めることにのみ費やすべきだと考えて成長期、成熟期へと進化していった。
だが魔王が侵攻を開始した時、溢れ出る思いがあった。抑え切れぬ情動が確かにあった。
それら初めての感情に従って戦い続けた果て、彼は英雄と呼ばれる偉業を達成した。そこに後悔などあるはずもなく、世界に平穏を取り戻せたことは少なからず彼にとって誇りとなっている。
それでも知りたいと思うのだ。
本来であれば弱肉強食の理に従って生きる我らに生まれた平和と安寧を求める心は、果たしてどこに由来するのかを。
ロイヤルナイツ。
十闘士。
オリンポス十二神。
数多の英雄を必要とする遠因となった我らの情動は、一体いつから生まれ落ちたものなのかを。
世界は決して複雑化などしていない。数多くの英雄達も我らと同じデジタルモンスターであり、その根底には同様の心が根差していると信じている。
「貴様がロイヤルナイツ、あのワイズモンが十闘士の伝説を紐解こうとしているのと同様にだ」
「……なるほど、読めたぞ貴君の考え」
「我は我らの心が生まれた要因を……人間を、知りたいと思う」
だから決めたのだ。ここからの生を、自分は己の心と向き合う為に使おうと。
ピエモンと別れ、講堂を出た。
「エンシェントワイズモン……か」
その屋根に立つ英雄、世界の全てを知ると言われた賢人の石像を見上げる。
古代世界において随一の知恵者であり、能力としてではなく純粋な知を以ってこの世界の行く末まで見通したとされた賢者は、バンチョースティングモンを含むこの世界が孕む多くの謎を解き明かしたいと願う者達の理想像として、旅立つ研究者を見送るように像が建てられている。
知識欲、それは今のこの世界に生きる者なら誰もが持ち得るものだろう。何者にも負けぬ強さが自らの肉体を高める力であるなら、それは対照的に己の心を豊かにする源泉となる。
かつて必要無いと言った。
勇気も友情も愛情も知識も。
純真も誠実も希望も光も。
奇跡も優しさも運命も。
斯様な人間の如き心は我らデジタルモンスターには必要無いと、バンチョースティングモンは断じた。
だが最初から答えは記されていた。古代世界の時点で、そこに知識はあったのだ。
ならばきっと、そこには全ての心があった。知識の賢者と共に戦った英雄達も、恐らく同様の力を携えて魔王に挑んだはずだ。
故にこそ世界の本質は恐らく原初より変わっていない。そこに生きる者達は今も紛れもなくデジタルモンスターであり、我らの世界は変わらずシンプルなままだ。
「……お前は誰だ?」
空を見上げた。またも感じる誰かに見られているような感覚。
それに問いを投げ、英雄は旅立つ。
誰かを守りたいという心、強くなりたいと願う心。
それらは決して、人間という別世界の存在から与えられたものではない。
バンチョー、姿形ではなくその半生、その生き様こそでそう呼ばれる称号を背負い、彼は世界を行く。知りたいのは世界の理ではなく己が心の内、デジタルモンスターに心が初めから備わっていたとするならば、それは如何なる理由で与えられたものなのか、どういう意図で備わったものなのか。
それを知ることはやがて答えに届く。
恐らくこの空の向こう。
自らを見つめる者が何者であるかに。
「……待っていろ」
いつか見極めるその視線の主へ呟き。
英雄は荒野を進む。
「……どした? ドックなんか熱心に覗きやがって」
「いや、デジモンってドックの中にずっといるわけじゃん?」
「そりゃそうだろ。コイツらってデータだろ、どうやって出てくるんだよ」
「それはそうなんだけどさ。でも俺達が見るデジモンってドットだし、なら逆にバンチョースティングモンから見る俺達ってどんな風に見えてるのかなって」
「小難しいこと考えてんなぁ……デジモンってデータだろ? そんな思考とかあんのか?」
「んー、でもなぁ」
「うん?」
「なんか時々、こっちを見てる気がするんだよなぁ」
【解説】
・バンチョースティングモン
数年前に世界を荒らし回った魔王デスモンを倒した英雄。例によって学会に所属しているが、理論派ではなく実践派で実際に英雄を倒しているのだから学会内における地位も高い。理論派のピエモンとはライバル。
・バンチョーリリモン、バンチョーゴーレモン、バンチョーマメモン
同様にBAN-TYOの称号を持つ猛者ども。アホどもとも言うが、後の歴史でバンチョースティングモンと同じように「バンチョーってすげえんだぜ!」と語られることになる程度には大した奴ら。
未だにバンチョーゴーレモンのデザインは「バンチョー? ゴーレモン?」とどっちにも繋がらなさ過ぎて戸惑うのです。
・クラヴィスエンジェモン
学会の代表世話人を務める力天使。自由気ままに弁論を交わし合う学会員に振り回されているが、実際にはそれを楽しんでいる風。
デジモンストーリーで謎に主人公の上司だった時から、見た目に反してフレンドリーな話し方をする奴というイメージがあったので、作者の中では出てくるたびにこんなキャラ。誰だよテメーは(デジスト初プレイ時の感想)。
・ピエモン
学会随一の知恵者、現代に蘇ったエンシェントワイズモンの再来とも噂される傑物だが、同時に稀代のロマンチストでもあり、シニカルなバンチョースティングモンとはそりが合わない。ロイヤルナイツに憧れており、そこに必要以上の英雄性を求めている節がある。彼がどんな道を歩んだかは【コテハナ紀行】を読むッピ!(宣伝)
・ワイズモン
以下略。
・???
或る時代、或る場所でデジタルモンスターについて語らっている者達。正体不明、詳細不明。
バンチョースティングモンを育てて(?)いる。これは果たしてどういうことなのか、答えは至極簡単なはず。
【後書き】
へりこさんからフリを頂きましたので、デジモンのみの短編を一気に書き上げました。思い付いたのノベコン終わる10分前ぐらいな気がするぜ!
アニメというよりはケータイ機世代の自分の中で、デジタルモンスター及びデジタルワールドとは人間が観測してこそ初めて存在する世界だという認識がある為、こういった捻くれた話になってしまうのです。あくまで我々はドックを通じてデジタルモンスターの世界を覗かせてもらっている立場なので、つまり逆に言えばデジタルワールドってそういう世界なんだぜ……的な。そういう話を書くにあたり、じゃあ「どんな事実にも振り回されないデジモン」として信念を貫くバンチョーをチョイスしたわけですが、半分ぐらい書き上げた時点でバンチョーはレオモンとマメモン以外ケータイ機で育成可能になったことがねェ!ということに気付いて頭を抱えたのは内緒。最後のシーン、実際のケータイ機を出すことを考えていましたが頓挫しました。ま、まあデジモンネクストでもペックモン育てられる謎のデジモンミニがあったしな!!
実はずっと提唱していますが、というかザビケに投げた作品でもそれを絡めましたが、世界の頂点に立つイグドラシルって人間なんでねって考えがあり、リアルワールドとデジタルワールドの関係性を考えるとどうしてもバンチョースティングモンのような思考になってしまうのですよね。そんなことはないと叫びたいのもまた事実で、ならばこそ最後の決意に繋がるわけですが。
そして酒の入った頭で書いていたら、気付いたら【コテハナ紀行】と同一世界になってしまっていました。何故だ!!
というわけで、話を振って頂いたへりこさんには感謝を。
デジモンだけの世界観を深堀すること自体は大好きなので、また書いていきたい所存です。
・
面白く読ませていただきました!
ノベコン終了10分前に思いついたものがこの早さで出てくるのおかしくないですか? 出て二日経った今でもまだ私の設定した締め切り三日前なんですよ?
バンチョースティングモンをノベコンに出さないからと思いっきりアニメを想像させる話とかねじ込んできたり、今回は個人的にナイツとか役目ありきでやりがちなのもあってちょっと考えさせられました。
人間とは問うているバンチョースティングモンがいるのがギアの中っていうところもなんかいいですね。ロイヤルナイツだなんだに尾ひれがついて英雄になっていくのと逆に、本当にいるとは思われずただのデータとみられて手のひらの中にいる感じとか。
正直めちゃくちゃ無茶ぶりだったのに書いて頂いて本当にありがとうございました!もし次があったら締め切りは三日ぐらいを目安にしようと思います!!