※注意
こちらのお話は、拙作『0426』の最終回から5年後のお話です。
基本的に『0426』を読了済みの前提で話が進みますので、未読の方はご注意ください。
それでは、以下本編です。
*
「まあ、砂漠とか密林とかよりは、それっぽいけどさ」
赤毛の青年はピンク色のマフラーを立てたコートの襟に巻き付け、ぶるりと身体を震わせる。
端整な顔立ちの青年であった。5年前の時点で既にギリシャ彫刻を引き合いに出される程整った容姿の持ち主であったが、伸びた背と無駄なく付いた筋肉がむしろ青年の体付きをしなやかなものに見せている点も相まって、まるで非の打ち所が無い。
特に彼の絵に描いたような碧眼は、こんな月明かりの無い夜の猛吹雪の中でさえ、南国の浅い海を想起させた。
「だからって、ホリデーにこんな僻地ゾーンに飛ばなくても」
「“御蔵”以外のゾーンなんて全部僻地ですよ。今や“御蔵”も僻地みたいなものですけれども」
そういう屁理屈が聞きたい訳でも無く、ついでに“御蔵”と呼ばれたゾーンが僻地と呼ぶに相応しいほど荒廃したのは、実質青年の愚痴に応じたこの女性のせいなのだが、流石に5年の付き合いだ。青年の方も慣れたもので、無意味な反論はしなかった。
代わりに。
「じゃあ、せめて。杭の今日の(クリスマス)ディナーが何なのか。それは、そろそろ教えてくれたっていいんじゃない?」
今更のように今日の目的を問いかけると、付け足された「師匠」という呼びかけに女が振り返った。
鮮やかな赤い長髪を首元で結った青年に対して、女の髪は、肩口で切りそろえられた、まばらに白髪の交じった黒髪だ。
典型的なアジア系の顔立ちに、こんな極寒の中でさえ、特に防寒仕様ではないように見える藍色の作業着。……の、上に、申し訳程度に「青年が自分を見失わないように」と反射板付きのベストを羽織った20代半ば過ぎの女性。
ここが彼女の国籍である日本の夜道であれば誘導灯でも握っていそうなところに、ホームセンターで500円出せば手に入るような、尖っていない側の先が丸く曲げられた銀色の杭を握っている。
「あれ」
表情の変化に乏しい(ノウメン、という面に例えれば良いのだと、青年は割合最近知った)女が、それでも僅かに眉を寄せる。
「言ってませんでしたっけ」
薄々そんな気はしていたが、サプライズ等ではなく、普通にうっかりしてた方かと青年は空を仰ぎかけ、しかし風の冷たさにむしろ顎を引く。
それを頷きとでも思ったのか、女は杭を握っていない方の手でぽりぽりと頬を掻いた。
と、
「それはうっかりしちゃダメだよ狩人さん~。今日はぼくのごはんってだけじゃなくて~、一応ちゃんとした“シゴト”でもあるんでしょ~?」
ふいに響くのは、間延びした少年の声。……女の。持ち上げていない方の手元から――即ち、右手の杭からだ。
「シゴト?」
特に驚くでもなく、青年は当たり前のように杭を見下ろし、首をかしげる。
女が気まずそうに咳払いを挟んだ。
「先に言いますとですね。現在このゾーンを中心に、デジタルワールドでは位相のズレが発生しているんです」
「どのくらい前から?」
「……」
「半月ぐらい前だっけ。カオスデュークモンの武器屋のカオスデュークモン、来てたよね」
「…………」
「滅茶苦茶面倒臭そうにだけど、珍しく師匠が自分で応対してた」
「………………」
「まさかその時に聞かされた案件、って事、無いよね?」
「ところでサリエラ。あなたがこちらのゾーンに訪れるのは、実は初めてではありません」
「そんなあからさまにはぐらかされる事ってある?」
何も先に言ってないなと、サリエラと呼ばれた赤毛の青年は、天を仰ぐ代わりに遠い所を見た。
「覚えていませんか。杭ちゃんが雪見だ○ふくを食べたいと言ったので、食べに行ったあの時です」
「ユキダルモンなんだよな……」
サリエラは覚えている。大量の氷雪系デジモンに囲まれる中、女がそれらにいちいち“向こう”の日本で発売されている氷菓の名前を付けながら彼らを杭で斬り裂いていた事も、最後に現れたヘクセブラウモンと呼ばれる究極体デジモンを「○って確かに美味しいんですけど、時々混じってるデカい氷がその日の気分によってはテンションが下がる要因になったりするので個人的Tierは低いんですよね」とのたまいながら、杭ではなく自身の拳で砕いていた事も。
なので、このエリアが雪山ではあっても、ここまで雪の激しいゾーンでは――あるいは、これほどの吹雪が起きる際に女が自分達を連れて足を運ぶようなゾーンでは――無い事も、そして、夜の道中、こんな風にデジモンが自分達を襲ってこないようなゾーンでは無い事も、サリエラは既に知っている。
「覚えているようですし、察しているのであれば重畳」
“デジタルワールド”という、電子世界の囲いの中にいくつもの破片として散乱し、各エリアに存在する“ゲート”と各エリアに対応する“鍵”を使って行き来するゾーンの中にも、それとなく東西南北の概念が存在するのだと、女は白髪交じりの髪と白い息をたなびかせながら続ける。
「このゾーンは所謂北の果て。“向こう”風に言うのであれば北極ゾーンという事になります」
なのでポーラーベアモン(白○ま)もいます。と女は付け加えたが、“向こう”と違って氷のあるゾーンなら、割とどこにでもポーラーベアモンも生息しているとサリエラも知ってはいたがいちいちツッコまなかった。
いちいちやっていたらキリが無いのだ。
「そういったゾーンには、少し特殊なデジタルモンスター――方角を司る神獣風の怪物が置かれているんです」
「神獣風の怪物」
「四聖獣、でしたかね。いかんせんイチノマエが日本人でしたから、何かそういう概念に思うところでもあったのかもしれません」
「愛のアスリートだったのかな~」
「ベイゴマとかやった事あるんですかねあの男……」
イチノマエ。零 一(イチノマエ ゼロツギ)。このデジタルワールドの、実質の創始者だ。
女は僅かに唇をへの字に曲げたが、これまでとは違った意味で、サリエラはそこには触れなかった。
「東の青竜、南の朱雀、西の白虎、北の玄武。それぞれに対応した究極体のデジタルモンスター……と、いう事になっているデータを書き込んだ要石が、それぞれ果てとなるゾーンに設置されていましてですね。……これまであくまで「そういう事になっているコード」に過ぎなかったものが、デジタルワールドの成長に合わせて徐々に形を成し始めたんです」
「となると、ここなら北のゲンブだっけ? そいつが出てきて、ゾーンの環境が変わっちゃったって事?」
「いえ、それがなんか、南の朱雀が出現しちゃったんですよね」
「え、なんで?」
「それが解れば苦労はしませんし、朱雀――スーツェーモンがこの北極ゾーンに出現したせいで、デジタルワールドの北と南が入れ替わりそうなんですよ」
「重ねて何で??」
そういうものなんだよ~。と、女に代わって、杭がのんびりとした口調で答える。
女は軽く肩を竦めた。
「いかんせん。サリエラ、あなたの地元がイタリア北部からイタリア南部になる事が無いように、“向こう”で北と南が入れ替わるなんて事はまず起こりえません」
「例えがかえって解りづらいよ師匠」
「即ち前例が無い事ですから、北極ゾーンに南を司る怪物が出現した事に、悪影響が有るのか無いのか。それすらも解らないのです」
サリエラはあたりを改めて見回す。
吹雪は天気の変化と捉える事も出来るが、ここに来るまでに一度もデジモンと遭遇していない、というのは少々異常だ。
種族や世代にもよるが、基本的に彼らは本能に従い、人間が居ればそれを食らう事を何よりも最優先として襲いかかってくる。雪の夜ともなれば、(女に対してそれが出来る・出来ないは一旦置いておくとして)むしろ不意打ちを仕掛けてくる個体がいてもおかしくは無い筈なのだ。
「……よくわかんないけど、あんまりいい影響があるようには思えない、かな」
「ぼくもそう思う~。ちょっとおなか空いてきたもん~」
「どちらにせよ、スーツェーモンを狩るに越した事は無い。というのが、仮にも白衣連中の1人だった自我を持つカオスデュークモンの意見でした。幸か不幸か、南極にあたるゾーンには、玄武にあたるシェンウーモンは未だ出現しておらず、要石のデータもスーツェーモンのものとして登録されています。一度スーツェーモンを消滅させれば、こちらの要石のデータも、本物の南に対応して自動的に正確なものに戻るかもしれません」
「じゃあ~、今は北と南が入れ替わってるんじゃ無くて~、両方南なんだね~」
「世界の両端が南と南。つまり世界が一周回っているという事。……つまり、まさかデジタルワールドは球体だった……?」
「急に陰謀論者の一種みたいな仕草しないで師匠」
冗談です。と女は真顔で言ったが、デジタルワールドの形自体を知らないサリエラには、何が冗談なのかすら解らなかった。
「とにもかくにも、わたくしはスーツェーモン狩りの仕事をあの武器馬鹿カオスデュークモンに押しつけられました」
「そうだったんだ」
「腹が立ったのですぐに行かず、あとちょうどスーツェーモンが巨鳥の姿をした怪物だったので、杭ちゃんのクリスマスディナーにちょうど良いかと、今日を決行日と定めました」
「仕事じゃなくて私事だった」
「まさにXデー」
「師匠、やかましいです」
自分もこの人に対して随分ずけずけとものを言うようになったなと、サリエラは悪い意味で月日の流れを実感して頭を抱えた。
そうする中、ふとひっかかるのは、スーツェーモンの外見情報。
「巨鳥の怪物……大きい鳥のデジタルモンスター、って事?」
女は頷いた。
「それはそれは、めちゃくちゃにデカいです。クソデカビックバードです。朱雀という名は、赤いスズメを意味する漢字で構成されていますが、スズメはスズメでもスズメバチを想起した方が良いでしょう。オオスズメバチの方です」
「ごめん師匠、俺の聞こえてる単語と師匠の言ってる言葉違うから、ちょっと正直わけわかんない事になってる」
「あー。……日本におけるスズメバチの名前の由来は、「スズメぐらいデカいから」なんです」
「嫌過ぎる」
余談だが、イタリアのスズメは日本のスズメより少し大きい。らしい。
まあ、何にせよデカくて強いんです。と、女は雑に締めくくる。
「杭ちゃんのディナーなのでわたくしが狩りますが、この四聖獣には眷属がいる事もあるらしく。サリエラは一応、そちらの警戒をお願いします」
「わかった、注意しとく」
「ところで狩人さん~。スズメっておいしいの~?」
「実際に食べた事はありませんが、どうやらイケるらしいですよ。日本のとある有名な神社の前では丸焼きが提供されていて、風習的な意味合いも強いようですが、同時に名物扱いされる程度には浸透しているようですし」
「そうなんだ……」
「ちなみに旬は12月だそうです。まさに今ですね」
女の豆知識に、「ちょっと楽しみになってきたかも~」と声を弾ませる杭。
これまでの経験上、普通の神経をしていれば、きっとこんな軽口を叩いて臨めるような相手ではないのだろうなと苦笑いに顔を引きつらせつつ、サリエラはマフラーを握った手に力を込めながら、女の後に続いた。
*
案の定、というか。
北の果てのゾーンの北の果てで待ち構えていたその鳥は、スズメとはとても形容しがたい姿とサイズを誇っていた。
朱い巨鳥。その前情報に偽りは無い。
偽りは無いが、それにしたって大き過ぎると、既に女が杭を構えて発った位置から遠巻きにスーツェーモンを眺めながら、サリエラは何度も息を呑んだ。
足を兼ねているものも含め、4対ある翼。嘴と一体化した頭部に、太く長い尾。 鳥とは言ったが、実際のシルエットは竜種の類にも近い。
サリエラ――そして、サリエラの姉――と同じぐらい赤い体色に、更に深く赤い瞳が4つ。
四聖獣の概念を知らない、そも、宗教圏の違うサリエラでさえ圧倒される神々しさを前に、「まあこれだけ赤いなら実質サンタクロースですね」と呟いてから、女はスーツェーモンの周辺だけはすっかり溶けて露出した岩肌を蹴り、飛び出した。
絶対違うだろうと、サリエラにはツッコむ暇も無かった。
そしていくら神々しく、特異な出自を持とうとも、スーツェーモンもまたこの世界の“怪物”。
例外なく、人とみれば襲いかかる。
瞬く間に、スーツェーモンから放たれた真紅の渦――逆巻く火炎の必殺技『紅焔』が女へと迫った。
「あっつ」
髪一つ焦がす事なく、しかし纏わり付く熱波の感想だけは律儀に述べながら、女は今ひとたび強く地を蹴り、比喩でもなんでも無く遙か上空へと跳び立つ。
地上のサリエラからは、炎に煌めきを反射する女のベストが、若干星のようにも見えた。
「裏起毛の作業着なんて着てくるんじゃありませんでした」
「あ、一応寒さ対策してたんだね~、狩人さん~」
だが、上空となれば身動きは取れず、むしろ自分の独壇場だと、スーツェーモンは雄叫びと共に翼で地面を打ち、同時に『紅焔』を差し向ける。
が、杭が仄かに光ったかと思うと、女は空中でさえ、地上と同じように跳ねた。
杭も成長を続けている。彼に出来る事――“権能”の種類も随分と増えた。
例えば、女の動きに合わせて宙に足場を作るだとか。
そのくらいであれば、朝飯前だ。
『紅焔』は躱しつつ、しかしほとんど重力に身を任せて猛スピードで落下しながら、女はいよいよスーツェーモンの背中を取る。
危なげなく広い背に着地し、常人であればただそれだけで焼かれかねないスーツェーモン本人が待とう熱気に「ヒート○ックもやめておけばよかった」と毒づきながら、女は杭を振りかぶり、スーツェーモンの尾に向かって踏み出した。
「こういうデカブツは、先に尾を斬るに限ります」
そうして、杭をひと振り。
……刹那、スーツェーモンは尾と、尾の周りを漂っていた6つの球――12個あるデジコアを、同時に叩き斬られる。
一拍遅れて我が身の異変に気付いたスーツェーモンが悲鳴じみた咆哮を上げて身悶えするが、既に背中に女の姿は無い。
『紅焔』にも対処しやすい位置へと、一度距離を置く形で着地済みだ。
「思ったよりは手応え無いね~」
「攻撃に当たれば、多分1発で2、3回は死にますけどね。ただ、南の守護者であるスーツェーモンは、やはり北では本領を発揮できないのでしょう。ぶっちゃけシェンウーモン(亀)の方が寒さには弱そうな気がするんですけど」
「でも歯応えはあるよ~。ジューシーで立派なお肉って感じ~。それに、ほかほかでおいしいよ~」
「それは良かった。スーツェーモンのデジコアも残り6つと引き続き偶数ですし、良い事尽くしです」
スーツェーモンの4つ目に再捕捉されたとみて走り出しつつ、女は僅かに表情を綻ばせた。
「ただ~、ところで狩人さん~」
「はい、何でしょう杭ちゃん」
「鳥ってさ~、ふつう、食べるなら頭から落とさない~?」
「……」
「狩人さん~?」
「おおっと『紅焔』が飛んできました。回避に専念する事にしましょう」
狩人さん~、ゲームのし過ぎ~と、溜め息のように苦言を漏らす杭に、女はいけしゃあしゃあと「ま、さっきもサリエラがいなければ危なかったかもしれませんし」と岩場を跳ねながら肩を竦めた。
「相変わらずめちゃくちゃだな……」
白い手袋――手首の左右から、白く細長い翼が伸びている――を下ろすがてら師である女の方を見やり、こちらも溜め息を吐きながら、サリエラは天女の羽衣のように背中で広がっていたピンクのマフラーを首元に巻き直す。
どうせ、自分が何もしなくても、対処事態は出来ていたのだろう。と。
きっとあれが眷属とやらだったのだろうと、サリエラは遠方で塵に変わっていく白い影へと今一度向き直る。
羊型のケンタウロス、とでも言いたくなるようなその影は、女に狙いを定めて、ボウガンを構えていた。
それを、サリエラは自分の“武器”――白い手袋から変形する、エンジェウーモンという“怪物”の弓矢で、不意打ちの形で射殺したのだ。
弓矢とは言っても、サリエラは規定の構えを取るだけ。
狙いを定めれば、生成される光の矢は、ほとんど自動的に標的を射貫いてくれる。
数年前と違って、生き物を殺す感触すらも、手元には残らない。
「……」
それでもなお、寒さを理由としない震えが右腕の指先にまで走って、サリエラは短く黙祷する。
その震えに僅かな安堵を覚える自分も、もはやその震え以外は薄らいでしまった自分も、本音を言えば、サリエラは少しだけ嫌だった。
否。嫌というより、怖かった。
いつか自分も、一切の躊躇を持たない“怪物の狩人”になってしまうのではないか、と。
だが同時に――そうはならない。いや、「なれない」だろうなと。そんな予感というか、確信めいたものもあった。
赤い巨鳥。
クリスマス。
……始まりのあの日は、雪山ではなく、砂漠だったけれど。
サリエラの姉は、“狩人”の躊躇の無さを唯一の「よすが」として。
しかし“狩人”は、本当は――
「無用心ですよ、サリエラ」
とす、と、何かが軽やかに着地する音にはっと顔を上げると、サリエラの目の前には女が、杭を用途通り地面に突き刺した状態で膝を付いていた。
立ち上がりながら彼女が杭を引き抜くと、小さな穴から粒子が溢れ出し、空へと昇って行く。……デジモンがいたらしかった。
「サンティラモン。巳(へび)のデジモンで、眷属の1体。地中に潜る能力があるんです。あなたの『ホーリーアロー』を見て寄ってきたようですね」
「えっと……ごめん、全然気付かなかった」
「まあ構いませんよ、ヘビと言えば来年の干支。即ち縁起物です。朱雀も食べて、あれです。杭ちゃんも運気爆上がりかと」
「そうかなぁ……」
「ん~、でも~、スーツェーモンの後だと~、ちょっと泥臭かったかも~。悪くは無いんだけどね~」
「おや、それでは口直しもしておきますか。いっそここにシェンウーモンがちゃんとリポップしてくれれば、今年はそれをブッシュドノエル代わりにするのですが」
「位相を安定させるために来たんだよね?」
シェンウーモンまで狩ってしまうのはどうなんだと疑問符を投げかけるが、案の定女はどこ吹く風だ。
もっとも、幸か不幸か。
「とりあえずは、あれでいいですかね」
……もちろん、目を付けられた側からすれば、不幸以外の何でも無いだろうが。
「馬刺しって、生でも癖が少なく食べやすいらしいですし」
女はサリエラが未だ視認できない内に、最後のスーツェーモンの眷属に向かって、その場を蹴った。
「まだいるのか」
というか、そもそも。と、サリエラは続けて独りごちる。
「もう終わったんだよな……」
そうして振り返った先に、あの真っ赤な聖鳥の姿は影も形も無い。
女の、彼女の心臓(デジコア)由来のフィジカルがまず規格外とはいえ、5年前の杭では、究極体のデジコアを一撃で刻む斬撃を複数飛ばすなどという芸当は出来なかった筈だ。
先にも書いた通り、杭も成長を続けている。
神獣の名を持つ怪物を食らった杭は、更に強く育つのだろうか。と、彼を携えた女の消えた方角へと視線を向け直せば、既に女は帰還していた。
「いややっぱり速過ぎる」
「そうですかね。あなたもあなたで、引き続き随分と物思いに耽っていたようですが」
「いや」
サリエラは小さく首を横に振って、視線を女が持つ杭へと落とした。
「杭、元気に育ってるな~って」
その口元に、優しげな、慈しむような笑みを湛えながら。
「サリエラもね~」
応じる杭の声音も明るい。
わたくしは徐々に衰えながら白髪の増える一方ですと愚痴っぽく呟いた女の事は、一旦揃って無視する事にした。
とはいえ――まあ。
杭が。……サリエラの姉の子が、健やかに育っているこの事実こそ。
人間離れし過ぎた女の、人間味の証だと。サリエラは知っている。
己自身の、赤い髪に誓って。
「ああ、そうだサリエラ」
2人からのスルーにほんの少しだけ寂しげな間を置いてから、気を取り直した女が北の果ての空を指す。
「今日はもう帰りますが、スーツェーモンを倒して吹雪が止んだようですから。……少しだけ、向こうの空を見てみてください」
「?」
言われるがまま女の指先が示す方角を追い、顔を上げて。
サリエラは思わず、息を呑んだ。
それこそ風にさらわれたかのように雲は晴れ、冬の澄んだ空気がひときわ強く瞬かせる満点の星空、その中に――スーツェーモンの羽根と、そして姉の髪と同じ色をしたオーロラが、そよぐカーテンのように一面に広がっていたのだ。
「綺麗ですね」
今度はしっかりと同意を込めて、サリエラも大きく頷いた。
花より団子スタンスの杭も、これには見蕩れているようだ。わあ~と感嘆を漏らしている。
世界は今日も、ちゃんと綺麗だ。
とある聖母が、我が子のためにそうあれかしと望んだ通りに。
「さて、名残惜しいですがそろそろ行きましょうか。赤ずきんちゃんも待ってくれている筈ですし」
そうです。赤ずきんちゃんも待ってくれている筈ですし。と、女は特に意味も無く2回繰り返した。
「そうだね」
「そうだね~」
慣れた調子で返す1人と1本だったが、そこに女が「それに」と3度目ではない言葉を繋げる。
「?」
「サリエラ。あなたが“こちら”にやって来て、明日でちょうど、5年になりますからね」
折角ですから、盛大にお祝いしましょう。奇数ですけれど。と。
無の表情でぶっきらぼうに言っている筈の女が、サリエラには何故だか、少しだけ口角を持ち上げているように見えて。
「……うん」
「良かったね~、サリエラ~」
「ま、帰ったら先にお風呂です。冷えたり暖まったりしましたが、結局帰りは寒そうですし」
オーロラに照らされながら、同じ方向に向かって2人と1本は帰り道を歩く。
今日は一応、仕事という体であったが。
そうやって同じ方向に足を向けるからこそ、彼女達の“観光”は、これからも続くのだ。
おわり
あとがき
なお、帰宅後狩人さんは赤ずきんちゃんに抱きつきいて頬ずりしながら彼女の排熱で暖を取りつつ「さっきの雪山でこうすれば頬が赤ずきんちゃんの装甲に張り付いてずっとくっついていられるのでは……!?」とか言い出して、サリエラに何度目かもわからない「本当にこの人に甥っ子を預けていて良いのかな……」と悩ませるフェーズに入ります。
さて、皆様メリークリスマス。夏に南北位相ネタを擦ったので、冬にも擦る事にしました。さながら燐寸売りの文字書き。快晴です。
いや、折角クソデカビックバードと戦うんだから苦戦させたかったんですけど、なんか強くてぇこの狩人……全然苦戦する素振りすら見せてくれなくてぇ……ま、まあいいか、夏の方はがんばって戦ってもらったし……。
とりあえず、自作の中では言及やや控えめですが、『0426』の最終回後世界でも狩人さんと杭ちゃん、そしてサリエラは元気にしているよという、現状報告的なお話でした。
狩人さんとサリエラには自分が主催している企画の方にも出張ってもらっているのですが、こちらはそちらに登場している2人より少し前の姿になると思います。
リアル時空でも、来年2月6日で『0426』は5周年。『0426』が5周年という事は、『デジモンプレセデント』もNEXTへの投稿日とサロンでの完結日が同じなため、投稿6周年&2度目の完結5周年となります。え……やだ、時間経つの、早すぎ……!?
来年はいよいよサロンでの投稿期間も終わり、次のターミナルへと旅立つ事になりそうですが、サロンで初の完全新作であった『0426』にも、旅立ちの前にひとつお話を投稿できたのは、自分的には良かったかなと思う次第です。
ま、なんかしんみりはしてしまいましたが、サロンがある限りはこちらでも活動を続けますし、実は新しい投稿先向けに考えている作品のプロットも既に用意してあるので、これからもどうかよろしくお願いします。そろそろ『エリクシル・レッド』も更新したいぜ……!
最後になりましたが、この度は『0426外伝 そして5回目のクリスマス』を読んでいただき、本当にありがとうございました!
これからもお付き合いいただければ幸いです。